暗黙知は説明しなくてthe

aとtheの続報です。月曜日担当の先生にまた聞いてみました。一緒に授業を受けていたのはデンマーク人の二人。私が分からない「aとtheの違い」は、彼らには全然問題がないことが分かりました。あまりにも問題がなさすぎて、コンピューターで解く問題集にも「aとtheの違い」についての課題がないくらいです。

かし、私には目から鱗のような話ばかり。今日は、先生が驚くような例文を示してくれました。

「昨日、座って話をしているときに、ランプの灯が消えた」「それは水中ケーブルが燃えたからです」

の例文の中には、名詞が二つ。「ランプの灯」「水中ケーブル」です。さて、この時、冠詞はaでしょうか、theでしょうか。私は瞬間的に、「初めて聞く話。aでしょう」と思いました。でも、そうではありませんでした。正解はどちらもtheです。デンマーク人の生徒もtheだと言っています。なぜか。

「ランプの灯」は、人が座って話していたら、頭の上にランプがあるのは普通。だから、いちいち説明しなくても、聞き手は自然にランプを想像するため、初言及でもtheでいいのだそうです。というか、むしろaを使うと不自然で気持ち悪いと言っていました。

「水中ケーブル」は、停電の理由としては普通ではありません。しかし、この島に限って言えば、停電と言えば水中ケーブルと相場が決まっているのだそうで、「あーまたか」と既視感を覚えるようです。つまり、説明の必要がない。ここでも聞き手が自然に地中ケーブルに思いを馳せるため、初言及でもtheでいい、ということになります。

もしろいです。なんでしょう、この言語感覚。もたらされた情報を元にイメージしたものが、どこまで皆と共有できているか、つまり、「集団での認識形成プロセスの一端」なのだ、と私は捉え直しました。自明の理、暗黙知。いずれであっても、集団で認識を共有できている間は、the。aを使って説明する必要がない(むしろ説明は不要)。逆にいうと、会話の中のある事象について、聞き手がまだ話し手の意図するイメージに至っていない時のみ、aを用いて説明ステップを取る必要がある。aはtheに至るまでの導入ステップなのです。だから、やたらとaを使って作文すると「うざったい」感じになってしまいます。

「ランプの灯」は人が会話しているシーンですでにイメージ可能。「水中ケーブル」は停電が暗示しているのでイメージ可能。しかし、停電と「水中ケーブル」がすぐに結びつかない私のような人がいる場合は、aのステップを刻むことが必要になります。

お、一端aで紹介しておいて、その後theで表現し続けた名詞であっても、しばらく間が空いた場合や、少し空気感を変えたい場合は、またaを使います。その時の話し手の意図は、「さっきも言った the XXですが、忘れちゃったでしょ。a XXですよ」という感覚らしいです。