お別れの秋

お隣のお宅が引っ越すことになりました。

30年以上も乳牛飼育を続けてきたアンドレアスさんでしたが、このまま中規模で経営するのは困難との判断で、家も含めすべてを売りに出したのが8月のことでした。あと20頭追加で牛を飼育できれば損益分岐点を超えたのに、行政の許可がおりなかったとのこと。悔しそうでした。奥さんのギッテさんはガーデニングの名人で、大きな柳の木のある素敵な庭がご自慢でした。

牛と搾乳工場は、村の別の酪農家が買い取り、このまま操業を続けるそうです。家と庭はおそらく別に売りに出されるようです。誰が新しい隣人になるのか今の段階ではわかりません。私のパートナーは、お隣の引っ越しにとてもショックを受けています。自分がここに移り住んでからずっと同じお隣さんで、これからもずっと一緒だと思っていたのです。

敷居の大きな木をいつ切り倒すか、ミラベルの実を取ってもいいか、そんなことを立ち話したのも、ついこの間のことです。ボーンホルム島が記録的な大雪に見舞われたとき、自前の除雪車を繰り出して海岸の辺境部に向かったのはアンドレアスさん。danskehavnのガレージから道路まで除雪してくれたのもアンドレアスさんでした。

甥っ子が高校生で、ここでパートナーと二人暮らししていた時は、同級生だったアンドレアスさんの息子のトーマスもよく入り浸っていたようです。甥っ子が巣立っていった後も、この家は彼らにとっては「別宅」のようで、夏休みの帰省のおりは、ドアの呼び鈴もなく入ってきて、私を見ると「おっす」。どこに何があるか、私よりもよく知っていて、冷蔵庫もコーヒーメーカーも気ままに使っていました。この夏、トーマスに会ったときに、ミルクからモッツアレラ・チーズを作った話をしたら、「俺の親父の牛乳でやろうよ」と楽しそうでした。引っ越しの話はその時はまだ、誰も知らなかったのです。アンドレアスさんはすべてを決めてから、子供たちに話をしたそうです。

アンドレアスさんの朝はいつも早く、1年中ずっと牛の世話で夏休みも冬休みもなし。最初は数十頭の乳牛からここまで大きくしたのです。でも「牛が人手に渡ってしまったら、もう見ていたくない」から、家も庭も手放して15㎞先の町に引っ越します。すべてを決心してからはさっぱりした、と言っていて「年内は引き継ぎやらで、少しゆっくりするけど、それからまた何か次の仕事探すよ」と穏やかそうでした。奥さんのギッテさんは庭木を100本以上移植して、次の家の庭で忙しそうです。

何も変わらないと思っていたペダスカー村の小さな一角。このまま、自分の知っている姿でいてほしいと思っていました。

でも、行く河のごとく、常にときは流れているのです。私とパートナーの二人にとっても、danskehavnでの生活はこれからも、大なり小なり変わり続けるのです。それが喜びであっても、悲しみであっても。秋に紅葉した木の葉が落ちて朽ちて、そしてまた春に芽吹くように。