男性には見えるが、女性には見えない?

の人は地図が読めない、男の人は話を聞かないというのが一時話題になりました。それほど、男女の差が大きいということです。私はまったく同感。もはや人間の男性よりも猿のメスと話した方が分かり合えると確信しています。

れはある朝、突然の報告でした。パートナーが庭に穴を掘ったのです。落とし穴程度のものではありません。直径4m、深さ3mはあろうかという巨大な穴です。なんでも、自分は魚が好き、将来鯉を飼いたい、とのこと。たまたま家の前を通りかかった島の穴掘り技術者がいたので、お願いしたら掘ってくれたのだそうです。私は将来鯉が飼いたい、という夢の部分は聞いて知っていました。が、それが穴となり、実現する日がこんなに近いと思っていなかったので、びっくりです。庭を見ると、確かに穴がパックリ。パートナーには大小の岩に囲まれた池の様子が見えるのだそうです。その池に鯉。手前の小さな池と小川でつなぎ、橋を渡して散歩したら素敵だなと言っています。私には、無残にも芝生が剥ぎ取られ、庭が破壊された大穴にしか見えません。

の人の目には何が見えているのだろう、と考えます。私には見えない将来が見えている、というのは不思議なものです。実際、今使っているdanskehavnも、もとは母屋の横にあった鶏小屋。私が最初に来たときにはまだ薄暗くて汚い掘っ立て小屋でしたが、その時も彼の頭にはdankskehavnの青写真が出来上がっていました。「ここがトイレ。ここはキッチン。ここに壁を作って、こっちがベッドルーム」と物置きの中で熱心に説明してくれたのを思い出します。私には、何を聞いてもただの汚い小屋、返答のしようがありませんでした。しかし、本当に彼は作ってしまいました。そして、今となっては、danskehavnが薄汚い小屋だったことが嘘のようです。

から、そのうち、鯉の池もできるでしょう。池の横に灯篭でも立ててくれたら、私は喜ぶでしょう。そんな様子を彼は予想してくれているのか、彼は「今は穴、穴って呼ぶけど、池ができたら絶対好きにだって言う」と断言します。人生でパートナーと共にする喜びと驚きは、こんな凸凹な関係にこそあるような気がします。