マスクはいずこ

 

2020年6月2日。今日は私の「コロナ明け」初登校の日でした。デンマークでは、幼稚園や小学校は4月15日から、中学校以上も5月18日から授業が再開されています。私の通っている介護ヘルパー学校も5月18日から再開していますが、再開と同時に試験期間に突入で、試験免除の私はその期間「自宅待機」を命じられました。試験は先週、無事に終了。というわけで、私は今日、なんとも2ヶ月半ぶりに学校へ行ったのです。

校の様子はどうだろう、と興味半分、不安半分での登校になりました。入り口は限られ、入ったらすぐに手の消毒。通路は一方通行、図書館は閉鎖、食堂や休憩室は一部アクセスが制限されています。クラスも一人一人の席が1m以上離されています。ちょっとものものしい様子に最初はびっくりしましたが、授業が始まってみると、ほぼ普段通りでした。

はマスクを着用していきました。デンマークでは「マスクによる効果には、科学的根拠なし」として、着用の義務付けがありません。ないばかりか、むしろ着用しているほうが目立ちます。それは承知の上で、一度デンマーク人の反応を見てみたいと思って、今日はマスクをしてみたのです。学校中で、マスクをしているのは、ただ一人。私だけでした。クラスメートや先生とも話しましたが、「やめたら?」とは言わないまでも「気のすむまでやったらいい」というスタンスで、中には「むしろマスクをしているほうが、湿気がこもって肺に悪い」と忠告してくれる人もいました。

本ではマスクをしていないと白い目で見られるというプレッシャーがありますが、当地ではその正反対です。私は午前中までは一人でマスクをしていましたが、お昼休みから取ってしまいました。恥ずかしくなったのです。本当のことをいうと、私はマスクを着用しないことに不安を感じます。でも、ここはデンマーク人のやり方で行ってみることにします。

ーロッパ各国で「アジアに倣え」という風潮が出てきているのに、デンマークを始め、北欧はいっこうにマスクをする気配がありません。よその国がどうしようと、自分たちは自分たちの道を行く!北欧人の独立した物の考え方には感服しますが、同時に彼らの頑固さも垣間見えます。

れでも、いざという時のため、ポシェットにマスクを忍ばせている私。北欧人をいまいち信用しきっていない、アジア人の意地です。

 

菜園の喜び

 

夜はアスパラガスと新鮮・ハーブ/野菜サラダです。菜園で葉物を収穫してきました。

から時計回りで、ホウレンソウ、春菊、ミント、ルッコラです。めんどくさかったけれど、愛情を注いだ甲斐がありました。ビニールハウスも功を奏し、思いがけなく春菊がぐんぐん育っています。

 

 

 

 

 

 

ウレンソウは光が当たりすぎると「トウ」が立ってしまうそうです。北欧の白夜が悪いのか、どうもトウ立ちしやすい傾向があるように思います。

ントは何もしなくてもどんどん増えます。虫除けにもなるそうです。我が家には3種類のミントがありますが、どれも野生化していて、種類はよく分かりません。匂いは抜群。これは夏になったらモヒートにする楽しみができました。

レットを再利用した畝で育つ野菜群も元気(ケール、セロリ、ブロッコリー、カリフラワー)。去年買ったイチゴも勝手に越冬して、実がなりました。

チゴは路地でないと実ができないのだそうです。去年、温室に入れて育てたら、葉っぱばかり大きくなって実は全然成りませんでした。

てさて。アスパラガスは育てていないので、スーパーで買ったものですが、今から茹でましょう。パルメザン・チーズがあれば、とびっきりのサラダになるのに。残念ながら、手元にありません。パルメザンはいつも、夏に街に来る「世界のマーケット」で小さなかけらを買います。今年はマーケットがやって来るのか、分かりませんが、ぜひ来て欲しいと願っています。

出来上がったサラダがこちら。アクセントにイタリアのフェラーラで買ったバルサミコ(12年物)を数滴、振りかけました。それだけでドレッシングもなしのサラダが極上の仕上がりになります。イタリアにはコペンハーゲンのホイスコーレSuhrsに通っている時、修学旅行で行きました。料理専門のホイスコーレだったので、「食」ずくめの旅行。バルサミコやパルミジャーノ・レッジャーノの本場を回り、手打ちのピザやパスタを体験しました。イタリア人の料理学校とのコラボもあって、楽しかった思い出です。

 

久しぶりにパン、高加水で。

 

しぶりにパンを焼きました。

寒かった5月は、なんだかやる気が起きませんでした。ここ数日お天気にも恵まれ、室温が24度を突破するに伴って、レーズン酵母もがぜん元気が出てきました。それにつられて、私も「いっちょ高加水パン、挑戦してみるか」という気になったのです。高加水パンというのは、パン生地に加える水分が、小麦粉に対して60%を超えるものを言います。イメージするのはフランス・パン。外がカリカリで中は気泡がしっかり開いたパンです。普段は40%くらいですから、高加水だとかなりベチャベチャな生地になることを覚悟せねばなりません。

は水分量70%に天然酵母で挑みました。師匠として崇めているのはRichard Bertinetです。以前、彼のYoutubeビデオを見て練習したことがあります。その際、Chadは「打ち粉は絶対しちゃだめ」と言っていましたが、私はお構いなく、打ち粉をします。そうでもしないと生地がとにかく扱えません。生地は飛び散り、悪戦苦闘しますが、しばらくしたら生地がまとまりました。一晩、室温のまま発酵させたら、なんとびっくり、生地の表面にポコポコと泡ができていました。

泡だ!

ンパーニュ用のかごに移して、発砲スチロールの箱で2次発酵させたのち、250℃に予熱したオーブンで焼き上げました。パン生地の投入と共に、熱湯もぶちこんで蒸気も発生させました。焼き上がりは、上の写真の通りです。いい香りがキッチン中に充満しています。パンのクープ(切れ目)はあまり開かず、パンも上には上がりませんでしたが、つやつやした表面はこれまで見たことがないものです。切ってみると、気泡もそれなりにできています。

 

 

 

 

 

 

っとりしたパンの食感は、以前レストランで食べて感激したものに引けを取りません。おいしーい!これにすっかり気をよくした私。さっそく次の高加水パンの仕込みに入りました。次は食パンです。今度はバターも入るので扱いにくさは増えましたが、焼き上がりを思えば、悪戦苦闘もなんのその。現在、以下のような姿で鎮座して、明日までの低温発酵中です。

明日、焼く。

なお、レシピはインスタグラムのRankoさんのものを参考にしています。Rankoさんのパンはいつ見ても素敵で、癒されます。

また、小麦粉は地元のBornholms Valsemølleのものを使うようにしています。ちょっと高めですが、スーパーで買えて新鮮。噛めば噛むほど広がるパンの甘味は、ひとえにこの小麦粉のおかげと思っています。

 

 

画像

メダカ探し

 

年は稲を植えます。現在、育苗ポットで玄米100粒ほどが発芽中です。

コメ、これは一部。

さが15cmくらいに伸びたら、田植えです。場所は、庭にある使っていない池を考えています。砂利が敷いてありますので、10cmほど土を入れて、その上に15cmほど水を張ったら、水田の出来上がりです。

水田計画地

田となれば、メダカやタニシ、カブトエビなどが欲しくなります。デンマークでも手に入るか、調べてみました。いやいや、何でも売っています。メダカはデンマーク語では

Risfisk

Risがコメで、Fiskが魚ですから、まさに田んぼに相応しい魚です。これは手に入れればなりません。でも、鑑賞魚のオンラインショップで1匹50kr(780円)、5匹で150kr(2,300円)で買えることは分かりましたが、郵送はできないそうです。稲が成長するまでに、メダカが調達できるか、しばらくメダカ探しの日々が続きそうです。

 

 

住宅について <ルームシェア>

 

ペンハーゲンで一人暮らし用の適当なアパートを見つけることは至難の業だと思います。私が10年前、大学院に留学した時の経験をご紹介したいと思います。

賃は3,000kr(約5万円)、バスで大学まで25分のところに住んでいました。ルームシェアです。シェアメートは60歳のデンマーク人女性で、アパートは2LDKでした。私の部屋にはドアが二つ付いていて、玄関とバスルームへ繋がっていました。バスルームとキッチンは共有ですが、必要がなければお互いに顔を合わせないで済む、ユニークな間取りでした。

に取り決めはなく、

  • 冷蔵庫は棚ごとに分けて、人の食材には手を出さないこと
  • 共有部の掃除は気が付いたらする
  • 友達が来るときは、あらかじめ了承を取っておく

の三つくらいがルールでした。

のルームメートを見つけたのはDen Blå Aviseというオークション・サイトです。物件が出てすぐに申し込み、すでに他に2人先行者がいましたが、シェアメートが全員と会ってから、私を選んでくれました。今、考えるととてもラッキーでした。

ンマークに留学する前、コペンハーゲンの家探しは難渋を極めました。大学が提供するドミトリー(寮)は、私の入学が決まった時点で満杯。日本にいながら、自分で住む所を探さねばならなかったのです。その時はDen Blå Aviseを知らなかったので、Craig’s Listというグローバルなサイトを使って、相手と交渉していました。部屋も立地も家賃も、望み通りでしたが、本人に会って鍵を渡してもらう前に、前払金を払わねばならず、一抹の不安がよぎりました。しつこく調べた結果、「詐欺」だということが分かり、デンマークへ出発する直前に「家なし」状態になりました。あの時ほど、人生で焦ったことはありません。2週間ホテルを予約して、いざとなれば、大学のキャンパスにテントを張るつもりで出発しました。Den Blå Aviseのおかげで、到着後4日目にルームメートが見つかり、なんとか事なきを得えたものの、あれは本当に綱渡りでした。とはいえ、Den Blå Aviseも安全とは言い切れません。留学するのであれば、大学が紹介してくれる寮を絶対お勧めします。

お、ルームメートとの生活も簡単ではありません。私は何度も、家を出ようと思いました。喧嘩もしました。彼女の家族が楽しそうに食事をしている時、私は自室にこもって寂しい思いをしたり、鍋を空だきして危うくボヤを出しかけたこともありました。でも、風邪をひいているときは食事を作ってくれたり(その逆もあり)、悩みの相談に乗ってもらったり、二人で恋愛談に花を咲かせたり、楽しい思い出もいっぱいあります。今でも、大切な友達です。

 

住宅について <田舎 vs. 都会>

 

ペンハーゲンに住んでいた時は、会社まで地下鉄で行ける好立地のアパートを借りていました。家具付き45平方メートルで、家賃は8.000kr(12万円)。光熱費は別です。間取りは1LDKで、キッチン、トイレ/シャワー、寝室とリビング/ダイニングがありました。部屋は大きくて、天井が高くて、日当たりもよく、快適なアパートでした。

題は、トイレとシャワーが極めて小さかったことです。デンマークではトイレとシャワーは別々ではありません。二つ合わせて、広さにして1畳ほどだったでしょうか。シャワーを浴びる時は、カーテンをして仕切っていましたが、床はボトボトに濡れました。

らにいうと、キッチンもごく簡易なものでした。食器洗浄機がなくて、洗濯機が付いていました。キッチンには小さなベランダが付いていましたが、なぜだか、隣りと共用。時々、お隣さんが靴下を干していました。私は洗濯物はリビングに干すしかありませんでした。壁は頑丈そうに見えましたが、上の住民の生活音が響きました。

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て、コペンハーゲンから182km離れた、ボーンホルム島の今はどうでしょうか。何もかも遠く、車がなければ牛乳すら買えません。その代わり、水は地下水でおいしいです。電気は通っていますが、街灯は皆無なので、夜は庭先でも自分の手のひらが見えません。暖房は家にあるボイラーでまかないます。ボイラーはペレットと呼ばれる小さな木片を燃やすものです。バーナーの横に大きなペレット容器が付いていますが、3-4日に1回はペレットを人力で充填しなければなりません。ペレットの袋は15kgあって、かなりの肉体労働です。

ッチンは広々としています。私のパートナーのこだわりのキッチンです。もともとは2階建ての家ですが、去年の暮れ、2階の天井をぶち破って吹きぬけにしたのをきっかけに、キッチンの天井も取っ払ってしまいました。内装はすべて彼が一人でこなします。

イレは、彼の趣味とも言えるもので、現在3か所にあります。それなのに、なぜだか、田舎の男の人は外で用を足したがります。私はその度に怒らなければなりません。お隣りはほとんど見えません。向こうからもこちらの様子は見えないと思います。夜になると、恐ろしほどの静寂に包まれます。星空はプラネタリウムのようで、上から圧倒されるほど輝いています。

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単純な比較はできませんが、私は今の生活に大満足です。特に、キッチンに食器洗浄機がある点が気に入っています。

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ヘルパー学校:試験

 

ンマークでは5月18日から、大きな子供たちの学校が始まります。私たちの介護ヘルパー学校も含まれます。再開したら、すぐに試験期間に突入です。介護ヘルパー学校の「基本科」においては、5月と6月にかけて2回、試験があります。その仕組みがおもしろいので、ご紹介します。

「基本科」の科目は、

  1. ヘルパー基礎知識
  2. 理科
  3. 国語(デンマーク語)
  4. 英語

の4つです。このうち、ヘルパー基礎知識と理科は全員必須科目ですが、国語と英語については、一定以上の学歴を持っていれば免除されます。免除された生徒は選択科目を受講します。ヘルパー基礎知識の試験は6月に実施され、このテストは全員が受けなければなりません。おもしろいのは、5月の試験です。

5月の試験で対象となるのは、「理科」「国語」「英語」のうち、どれか一つだけ。学校がくじ引きを引いて、当たった科目のみがテストされるのです。そうなると、受講を免除されていた生徒はどうなるか?驚いたことに、受講免除の生徒は、試験も免除されるというのです。

の場合、「英語」は免除されていますので、残る可能性は「理科」か「国語」です。ラッキーだったのは、私は日本の高校で化学、生物、物理を履修していたので、「理科」は受講義務のみで、試験は免除されるとのこと!つまり、学校が「国語」を引き当てない限り、私は試験免除なのです。祈るような気持ちで、学校からの発表を待ちました。

果は、今日出ました。「理科」。ブーブー言うクラスメートを尻目に、免除された私と7名の生徒は有頂天!私はちょっとだけ心配になって、先生に「本当に私は理科の試験、免除なのか?」と確認しました。答えは「デンマークでは、En gang lært, Altid lærtと言う。あなたは、免除よ!」。意味は「一度学んだら、学びは一生」。やったー!

不公平感は少なからず感じるものの、試験から解放された喜びには代えられません。「国語」でなくて、本当に良かった。天国と地獄です。

 

「教育学」:自分語り

 

「自分のことを話す」「身近な日々の話をする」、これは誰にとっても大切なこと。それは年を取っても同じこと。老人ホームにいるお年寄りでも同じこと。

日の介護ヘルパー学校の「教育学」の授業で、最も印象深い先生の言葉でした。私たちは、知らず知らずのうちに、お年寄りは物静かに日々淡々と過ごしていると思い込んでいます。新しいことへの関心も薄れ、味覚も聴覚も衰え、生活は毎日同じことの繰り返し。話すことなど、ほとんどないように見えます。

も先生は言いました。「自分語りをすることに意味がある」。どんなに小さなことでも構わない。人が、人生や生活の一部を語ることは、その人のアイデンティティーと深く関係しているそうです。アイデンティティーとは、一言で言ってしまえば、「私は誰?」という問いに対する答えです。親しい人が亡くなり、自分の人生を知らない人に囲まれて過ごす日々は、自分という人間が消えてしまったかのように感じる、とある人は言っています。老人ホームでじっとしているおばあさん達。語ることを諦めてしまって、自分の価値観や存在意義を分かってもらいたいという気持ちも萎えてしまったかのようです。老人も、自分と同じように感じているとしたら、日々の小さな出来事の話を話したい、自分のこともっとよく知ってもらいたい。本当はそう思っているに違いないのです。

はコロナの在宅生活に一つ、感謝していることがあります。リモートワークだと、デンマークで午前10時頃に日本の母とラインで話せるからです。時差は7時間。普段だとなかなか、デンマークと日本でゆっくり話す時間帯が見つかりませんが、今は毎日ラインできます。下らない話をして終わりですが、それでも意味があるということを知って、少しは親孝行になっているのかもしれないと思いました。

お、デンマークには「自分語りカフェ」というのがあるようです。老人が老人ホーム、カフェや集会所に集まって、自分の人生を語るための催しですが、とてもいいアイデアだと思いました。コペンハーゲンを中心に、広がりを見せているそうです。「自分語りカフェ」はセラピーではないので、語って終わりです。しかし、語ることそのものがセラピーだと主催者は言っています。参加した86歳のおばあさんは「ビンゴや編み物には興味がない。何か他のことをしてみたかった。話をしているうちにいろいろ思い出した」と感想を述べ、「人生で辛かったときの話をすると、聞き手との距離が縮まる。むちゃくちゃ親しくなるわけではないけれど、すれ違いざまに、気持ちを込めて挨拶するようになった」と言っています。老人向けにそんな「おしゃべりZoom」があってもいいなと思いました。考えてみれば、私のこのブログだって、自分語りです。TwitterやFacebookだって、みんな自分語り。どこまでいっても、自分が見たこと、考えたことを人に伝えたい気持ちは同じなのです。

 

母の日

 

の日は世界共通ですね。ここ、デンマークでも2020年5月10日が「母の日」です。

母の日というのは、大概、五月晴れの爽やかな日曜日なのに、どことなく、凛と張りつめた寂しい感じがします。それは「いつも気が付かない優しさと愛情で私たちを見守ってくれている、お母さん。ありがとう」という感謝とともに、そのお母さんがいつかいなくなってしまうことへの一抹の不安、そして無意識に去来するその時の寂しさを、感じずにいられないからかもしれません。

のパートナーは子供だった頃に、お母さんをガンで亡くしています。それ以来、お父さんは後妻を娶ることもなく、独り身だったそうです。二人は、12年の間に7人の子供をもうけ、裕福ではなかったけれど、慎ましやかな幸せな家庭だったとパートナーは時々、昔ばなしをしてくれます。7人兄弟の末っ子だった彼ですが、彼が産まれたとき、お母さんは7人目の赤ん坊を抱いて、なお、「この子が産まれて、とても嬉しいわ」と言ったそうです。でも、彼は、お母さんのことはあまり覚えていないと言います。

すから、当然、私は彼のお母さんに会うことは叶いませんでした。どんな人だったのかなぁ、と写真と見て想像することは度々あります。私のことを見たら、何ていうだろう?一緒に編み物でもしたでしょうか?

母さんの話になると、少し寂しそうな顔をするパートナーですが、彼がよく使う4桁のパスワードが、お母さんの誕生日であることを私は知っています。例えば、二人で共有しているガソリンのカード。だから、私はガソリンを入れるたびに、お義母さんのことをちょっと考えます。どこか、宇宙のかなたでいいから、彼のことをずっと見守っていて欲しいと願います。

 

撤収、撤収。

 

5月の三連休は、お日様がポカポカと温かい、絶好の家庭菜園日和りとなりました。私は張り切って畑を拡張し、葉物野菜を定植しました。トマトも温室に移動しました。

ところが!明日から一週間ほどの寒気団がやってくるというのです。

「植え替えする前に、天気予報くらい見たら?」と母から言われ、その通りだと思うものの、時すでに遅し。さて、どうしたものか。昨日の夜は、寒気への備えをあれこれ考えていたら、なかなか寝付けませんでした。インターネットやPinterestでいろいろ調べました。段々畑はビニールハウス(※デンマーク語では tunneldrivhus)がいいようです。ルッコラは?そら豆は?わけぎは?ああ、みんな守ってあげたいけど、私にできるかしら。

うこうするうちに、時計は深夜1時。私の懸念はトマトでした。トマトは温室に入っていますが、我が家の温室はガラスが欠けている難あり品だったからです。温室のガラスを補強するか、トマトに何か被せるか?しばらく「トマトの育て方」を読んで考えます。そして、はっとしました。その中の一文に『種から発芽したトマトは、少し大きめのサイズの育苗ポットに移して、本葉が4-5枚生えてから、地植えする』とあったからです。しまった!昨日、温室のハイブリッド・プランターに移したけど、時期尚早だった!道理で、昨日、なんか元気がなかったわけだ!そうとなれば、結論は一つ。「撤収あるのみ」です。

バイバイ、温室

さー、撤収。

 

 

 

 

 

 

 

 

日もポカポカ陽気。外は18度くらいあります。明日から寒気が来るとはとても思えない。だけど、トマトはちんまり育苗ポットへ納まり、外界とサヨナラです。他の野菜にも、簡便な寒気除けの策を講じます。そら豆、ルッコラにはペットボトルを被せました。わけぎの赤ちゃんも同様に守ります。

ペットボトル(上)のミニ温室

ペットボトル(下)のミニ温室

 

 

 

 

 

 

 

々畑とパレット畝は、トンネル式ビニールハウスで守ります。家の廃材をかき集め、さて、さて。

畑を守るためならエンヤコラ

りあえず、完成したのがこちら、下の写真。急場しのぎですから、格好は問いません。初めてビニールハウスを自作した割には、上手にできたと思います。いやはや、家庭菜園3年目の来年に向けて、いくつか課題が残りました。日々、勉強です。

とりあえず、くるんだ#1

とりあえず、くるんだ#2